西表島・海の道3~海中見学

釣りをするのだが…

オレ達は薄暗いうちに、寝心地の悪い棺おけロッジから起き出す。今日中に鹿川湾まで着きたいが、干潮との相談が有るし、いまひとつ気がかりなことがあった。 

出発前の天気予報で、季節はずれの台風が近づく恐れがあるとの予報だったが、オレ達は避けてくれるだろうと楽観的に考えていた。台風の危険が去って安心するにも3日ぐらいはかかるだろうし、その日数が待てずに出発していた。
ラジオも無く、空を見上げて予想するしかない。

まあいい、飯食ったら釣りでもするか。
飯といってもラーメン・米・缶詰・魚肉ソーセージ程度だ。
魚が釣れれば良いが、釣れない場合は貝類を現地調達か。

釣り糸を垂れるが釣れない! 昨日と同じだ! 
とても潮が澄んでいる。結構な深さまで餌も糸も丸見えだ。うき下を深くすると根掛りする。

オレ達は釣りは早々と諦め、スノーケリングで海中散歩を始める。水中メガネはちゃんと持っている。
遊泳箇所は岩場からほんの数mだ。
大きな珊瑚は少ないが、各種のスズメダイやチョウチョウウオが乱舞する。
水深の浅いところは、30~40mほど遠くの魚も見え、経験したことが無いほど透明度が高い。

陸から5mと離れないで、大型のシャコガイがいくつも有る。
この貝の外套膜というのか、貝の唇にあたるところは表面に共生する藻類により、それぞれ赤・黄・青・緑と、原色の毒々しい蛍光色に輝いていて美しい。
貝は藻類から酸素や有機物をもらい、藻は貝から生活の場や二酸化炭素などをもらう。
共生が壊れると、貝は白化して死ぬともある。
見かけに反し、食すると適度の甘味と昆布のような旨み成分が強く、刺身で上等の貝だ。
市場や料亭ではかなり高価な貝である。

貝が採れる
貝が取れる

 シャコガイは石灰岩の岩に下半分くらい埋もれ、強力なスジで岩に付着しており、素人は横から長いバールをねじ込んで剥がすしかない。
木の枝などではシャコガイはまず起こせない。

オレ達は岩場で誰が捨てていったか、30センチほどの鉄製の頑丈なヤスリを拾っていた。
これはシャコガイ起こしに好都合だ。
横にねじ込んでテコにし、水中で泳ぎながらも急激に足で体重をかければ取ることが出来る。
こうして自分達の餌に、また魚の餌に、シャコガイやチョウセンサザエをいくつも採取する。

海中の光景

調子に乗ったオレは、岩場先端のリーフの無い深場を覗いてみた。岩場先端から離れていくこと5m…、10m…、15m……。
始め緩やかだった海底斜面は、すぐに急角度で見えなくなり、紺色の中に消えている。
浅場とまったく気分は異なり、外洋にプカプカ浮いているみたいで気味が悪い。
オレは鮫と出くわすのではないかとの恐怖心から、周囲をキョロキョロしながら、海中を観察する。

鹿川附近は鮫が非常に多いと聞いている。
後年、この地での鮫退治のテレビニュースを見たことがある。

丁度オレの真下10mか15mか、紺色に変わってくるあたりに、何やらギョロリと大きな目がこちらを見ている。

ハタだ。 
種類はわからないが、大型のハタであることは間違いない。
悠に体長1mは超えている。
しばらく見詰め合いが続く。
ハタはギョロリと目を動かすと、ゆっくりと紺色の中に沈み込んだ。

遠くを見渡すと数十m向こう、珊瑚の塊が集まっているところに、頭が出っぱった青っぽいブダイが10匹ほど群れになって、ゆっくりと舞っている。
これもブダイにしては相当大きく、70~80㎝は有りそうだ。
こんなのを釣ろうとしたら石鯛竿級の竿が必要か?
さて、鮫と会わぬうちにもうあがろう。

ボラの大群を見る

Hが遠くの海面を指差して「あそこだけ海面の色が違うし、なんだか動いてこっちに来るようだ」
確かに沖合の海面が広い範囲でサザナミ立っている。 形は鋭角三角形に見える。
鋭角の先端がこの岩場をかすめるかのような方向で向かってくる。 
ざわざわとした三角の海面がしだいに近づいてくる。
約30m位の距離か、海面にセビレが見える。魚体が触れ合うような間隔でひしめき合っている。

ボラだ。ボラの大群だ。一万とも二万ともつかぬ、5万かも知れぬ。 
とにかくおびただしい数の群れが、統率の取れた軍隊のように動いてくる。
しかも相当なサイズだ。トドか?
こいつらが全部卵を生んでくれたら、オレ達はカラスミ長者になれるかもしれない。

オレ達は釣り餌にするために、磯蟹でも引っ掛けてやろうとイカリ針を持ち合せていた。
あわててイカリ針を取り付けて、群れに向かって投げ込むが、如何せん、へなへなの磯竿では届くはずもない。ボラさん達は三角形の隊列を保ったまま、悠然と去っていった。
始めての光景だ。

台風接近?

そうこうして遊んでいたが、オレ達は台風のことも忘れてはいなかったし、普通ではない雰囲気も感じ始めていた。
空の色、海の感じ、風のヌルさ、空気の変化…爽やかさが全く感じられない…もしかしたら…

二人「台風が接近しているかもしれない」 
オレ達は、この状況下で台風に遭遇すると、いかに悲惨な目に会うか、考える。
テントなんか無い。たとえテントがあっても、当時のテントは台風下で使用できるはずも無いシロモノだった。
風で暴れ、少しの雨で中はビショビショになり、一睡も出来ない。
棺おけロッジは海に近くて危険過ぎるし、森に入っても雨を避ける場所はない。
ゴウゴウ叫ぶ森の中、木の根元で落ち葉と雨に打たれながら、小鳥のようにうずくまっているのだろうか。
濡れながらフヤフヤになったインスタント麺や生米を、ネズミのようにかじるのだろうか。
いくら南国とはいえ、もう11月だ。
濡れっぱなしでは、体調面で重篤な状況に陥らないとは限らない。

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