西表島・海の道4~台風

宮古島での台風のこと

オレは少し前、宮古島で大型の台風に見舞われた。
雨はさほどでもなかった。風台風だった。
瞬間風速50mを少し超えた処で、平良市の測候所の風速計が壊れたと聞いた。

民宿のおばさんの指示で、手際良く雨戸・ガラス戸の戸締りをしたが、アルミサッシの隙間から霧のように雨が吹きこみ、部屋中びしょ濡れ。
全部の畳を部屋の中央に積み重ねて、牢名主よろしく、積みあがった畳の上で寝た。
風は巨大な空気の塊となって襲い掛かり、まるでハンマーのように叩きつける。
コンクリートの建物はその度にブルル…と揺れる。
外ではちぎれた草の葉っぱが、なぜか直径1m程の草団子になり、道路をいくつも転がっていく。

民宿で大事にしていたブーゲンビリアの大きな木が、風で根こそぎ飛ばされそうになると、オレはヘルメットを頭に鋸を右手に、大風の中、小枝をひたすら切り落した。

一週間停電し、冷蔵庫の肉が腐るからと、ソウソクの光で一生懸命肉を食べ続けた。
船便が一週間欠航し、飛行機も無しだと野菜・魚類は途絶える。
残るは地中作物の人参ぐらいだ。

台風が去った翌日、ホンダカブに乗って、浜に貝拾いに出てみた。大波で深場の貝が打ち上がる時がある、と聞いたことがある。
海岸はバイクも走れないほど、モクマオウの倒木で塞がれている。相当上まで波が上がった跡があるが、残念ながらめぼしい貝は拾えなかった。

緑一色だった島は一変した。
まるでベトナム帰りの米軍から、枯葉剤攻撃を浴びたかのように、全ての木々が茶褐色に変色し葉を落とす。
島は戦火から復興するのだろうか。

しかし心配無用だった。10日後にはまるで北国の春のように、全島が新緑で覆われた。

台風接近で先を急ぐ

…だんだん雰囲気がざわざわしてくる。台風だ・・・

二人「やばい、逃げよう!夜までに民宿だ」
あわてて荷作りをすると逃げ道の選択だ。山か?海か?
「もうすぐ最干潮だから海を行こう」 
海の道を行くには、すぐ隣の岩場を超えなければならない。
岩場の向こう側は、高さ15m程のほぼ垂直の崖になっており、岩の広場に落ち込んでいた。

岩場には、誰かが漂流物を拾い上げたであろう、太い船用のロープをぶら下げてある。
砂岩で出来た崖は、縦に大きな割れ目が走るが、所どころ足掛かりとなりそうな、小さな窪みも見える。

……うーん……男島だ……いかしてるぜ

腕力に頼って降りるしかない。リポビタンDのCMの男達みたいだ。ファイトー、一発ーー!
…オレはまたしても考えた(ここで落ちたら?明日の今ごろ…)

小船隊トランシーバー「おい、見つけたか。…どうぞ」 
陸路隊トランシーバー「はい、見つけました。課長、あと300m西に前進してきてください。…どうぞ」
小船隊「船は接岸出来そうか…どうぞ」
陸路隊「珊瑚が多くて無理です。それに事故者は死亡しており、頭が割れて脳みそがその辺に散らばっています。…どうぞ」
小船隊「そうか、脳みそはいい。蟹の餌にでもしとけ。鳥葬ならぬ蟹葬じゃ。それよりロープを渡すから仏さんの体に浮袋を結び付けて海に投げ込んでくれ。こちらで引っ張り上げる。…どうぞ」
陸路隊「課長、それより、重しをつけて海に投げ込めば手っ取り早く魚葬になって、数日で鮫や魚の餌に…」

ふぁいとー

難所の岩場を越すと海の道に出る。 
この辺は珊瑚が多く、珊瑚の塊を飛び石にして渡る。
枝珊瑚はもろく、カシャカシャと音を立てて壊れ、くるぶしを怪我しやすい。
再生してくれることを祈って、先を急ぐ。

ラーメン椀を二つ合わせにしたぐらいのシャコガイが、ごろりと海中に転がっている。
こいつは岩に根を生やさないタイプの放浪シャコガイで、誰かがイシジャコとか言ってたが、味は落ちるらしい。
馬鹿に殻が厚いらしく、ズッシリと鉄アレイのように重い。
この環境下で誰がこの重しを持って運ぶものか
…ポイ、…ポチャン!

距離を稼ぐが、次第に潮が満ちてきて海岸に押し上げられる。
シャワーに手頃な滝が左手に見える、ちょっと5分間、シャワータイムだ。
シャワーは気持ち良かったが、あっという間に所構わず数十ヶ所、蚊に刺されてしまう。
何かの本で読んだ。 
西表で蚊の大群に刺されて、干乾びて死ぬ危険が有るとか無いとか。

うーむ…例えば海パンひとつで藪に迷い込んだ。
1分間に50匹刺されると、1時間に3000匹。
5時間で15000ヶ所だ。全身に15000ヶ所のボコボコが出来る。
血液不足で干乾びて死ぬことは考えにくいが、これはショック死するかもしれないな。
この場合、この薮蚊は殺人吸血蚊ということになるのか?
蚊刺傷で死んだ人はいるのだろうか?

先を急ごう。
始めて通る、高い岩場の上を歩く。
足下の細長く入り組んだ入江を覗くと、水の色が今までに無い鉛色をしている。
あれ、おかしいなと思ってよく見ると、色の濃淡が変化する。

民謡「谷茶前」(たんちゃめ)
♪♪谷茶前の浜にヨー♪、スルルグァー(キビナゴ)が寄ててんどー、ヘイ♪
♪♪スルルグァーやーあらん♪、ヤマトミジュン(鰯の仲間)どーやんてんどー、ヘイ♪

おおこれは、ミジュンの群れだ。
その入江は、小型の鰯の群れで埋め尽くされていた。

テレビ番組で、どこかの原住民が岩と岩を叩きつけて、小魚を失神させて捕獲するのを見たことが有る。
丁度いい具合に、オレは海面から7~8m高い位置にいる。
足元にある漬物石くらいのを、まず群れの真上から力いっぱい水面に叩きつけてみる。
小型のダイナマイト漁よろしく、激しい衝撃波で近くの鰯はピクピクと弱って沈むだろう。

ドッパーン!…
鰯の群れにパッと直径2m位の穴が開いた。
ヨーシ、弱った魚はどこに………も、いない。

だめか…では、うんあそこに具合良く、海面に頭を出した岩があるぞ。
あの岩にでかい石を叩きつけてやるぞー。
これでテレビと同じ条件だあー、そりゃー、…ガキーーン…

うりやー、ドポーーン!…せーの、カキーン!…何度も繰り返す。鰯は丈夫だった。鰯さん、魚に弱いという字は返上していいぜ。

鉛色の海と遊んでいるうちに、だんだん空まで鉛色になってくる。鉛色の空とは遊びたくない。おまえとは一生絶交したいくらいだ。急ごう、風も出てきた。

いくつも浜と岩場を超えて、真っ暗になって遂に南風見田の浜に着いた。
雨も本降りとなり、風も台風らしくなってきた。
懐中電灯で歩く。
あと、砂利路を1時間で南風見莊だ。

オッ、また大型ヤシガニを捕らえる。
何でこんな悪条件下に限って、いろいろ出てくるんだろう。
もういい、放て、放て。

宿に着いた。疲れた、疲れた。
外はひどい雨風模様、
季節はずれの台風が島を舐めていく。

西表島・海の道4/4