西表島・海の道1~出発

石垣島の岸壁で

オレは石垣港の岸壁に立ち、離島行きの連絡船が行き来する南の海を眺めていた。
足元を覗くと、ハタタテやツバメウオなどが舞い、ドッジボールほどのウニ(ガンガゼ)が見える。

波はヌラリと動き、小型船から吐き出す水に混ざってオイルが虹色に輝いた。
沖合いはキラキラと鏡のように光を放ち、時折白い波頭が小さく見え、風の在処を示していた。
秋も遅いというのに、南の太陽(ティーダ)は日に焼けた顔をじりじりと刺し続ける。

オレはこの岸壁に立つまでの、10ヶ月間の経緯を思い出していた。
奄美・沖永良部・与論・那覇・宮古・多良間と、オレは旅を重ねていた。
訪れた島々は時がゆっくり流れ、あらゆる物が本土とは異なり、新鮮さに満ちていたし、人々は概ね優しかった。

そこではキャンプをし、労働をし、また島娘との語らいもある。
オレは、沖縄娘が発する不思議な抑揚を持つ未知の言語と、神秘的な黒い瞳から放たれる魔法の光にしばしば動揺し、翻弄され続けていた。

そのうちオレは、誰か沖縄の女といずれ一緒になるかもしれないと予感する様になる。
運命だと錯覚し、妄想を呼び、呪縛に取りつかれ、やがてそれは確信に近づいていた。

しかし、オレは所詮貧乏な旅人であることを、忘れることは出来なかった。
オレの目的は、琉球弧を点々と最果ての島まで南下することだ。
青春の一頁に原色の着色を望んでいた。
旅を止めるわけにはいかない。

ゴルゴは西表島をめざす

次なる目的地は、原始の島・最果ての日本の秘境「西表島」だった。
オレには、宮古・多良間・竹富・小浜がなだらかな曲線の女の島なら、西表・与那国は筋肉質の男島と映っていた。

オレの汗ばんだ手の中では、西表・大原行きの低速船の切符が窮屈そうに折れ曲がっている。オレは、ギシギシとゆれる低速船にゆっくり乗り込むと、呟いた。
「原始の島にはホーバークラフトは似合わないぜ」

ゴルゴ13のように鋭い目付きに変わったオレは、隣で出航支度のホーバークラフトを睨んだ。西表島にはホーバークラフトと普通の低速船が就航しており、ゴルゴのオレは腹を立てていた。
ホーバーだとちょいの間、低速船だと2~3時間、値段もそのくらい違っていた。
貧乏ゴルゴには、選択の余地は無い。

やがて低速船はドッドッドッと腹を打つ振動と、重油臭の黒煙の中、ゆっくりと岸壁を離れた。
「いよいよ西表か」ゴルゴはデッキに立ち、沖縄限定の安タバコ ”ハイトーン”に火を着けると、煙を斜め上に吹き上げた。
煙はすぐに風で薄められ、あっという間に消し飛んだ。

港を出ると、ときおり小さな波頭と出くわす。
”ザン”と音を立てて小船を震わせ、小気味良いくらいだ。

向かう目的地はゴルゴにふさわしい島であることを予感し、ややワクワクしていた。
ゴルゴは注意深く周囲を見渡し、他人に見られていないことを確かめると、めずらしくサングラスの中でニコリと微笑み、向かう島影を記念写真に収めた。

…キィーーン、ゴゴーー、低速船は、何やら飛行機のような爆音に包まれる。
「ムッ」ゴルゴは小さく唸ると氷のような目に戻り、100m右側のホーバーに視線を突き刺す。
ホーバーはごう音とともにスカート部から大量のしぶきを吹き出し、しぶきは煙幕のようにうごめきながら50mも後ろにたなびいている。
ゴルゴは絵本でしかホーバークラフトを見たことは無かった。

ゴルゴは静かに立ち上がるとジュラルミンケースからライフルを取り出した。
照準をセットしサイレンサーをねじ込むと、揺れる甲板で半身に構え、ホーバー船長に照準をあわせる。
トリガーに指を掛けると2秒もかからず弾丸は発射された。
直後船長はゆっくりと前に倒れこむと操舵輪の上に覆い被さる。
ホーバーはスピードを落とすことなく大きく右に旋回し始めた。
やがて石垣島の海岸に激突すると大音響とともに火柱に包まれる。またひとつゴルゴの神業伝説が達成された。………

…ゴルゴのオレは、島ゾーリに小さなバッグひとつで大原に下りたった。
靴もシュラフもテントも持っていない。
あるのは洗面具と着替えのTシャツ・半ズボンとカメラと現金5万だ。
他は全て宮古島に置いて来ている。
男島に行くにしては、友人宅へ泊まりに行くぐらい軽装だし、何の計画もなかった。

「うむ、ここが記念すべき西表第一歩の地か。 しかしなにもないな、さて、どこ行こう」
旅を続けたオレは、ひとつのパターンを身に着けていた。
知らない土地では、まず岬を目指すことだ、岬が無ければ南端・北端・そして最終の集落ということになる。

当時、西表は東部と西部に分かれており、お互いに道路はつながっていない。
東部は北へ向かえば古見の先、高那部落で行き止まり、南は豊原部落が終点、この状況下では南へ向かうのが男の習性だった。
豊原部落まで3キロあるが当然歩きだ。
ここには珍しく田んぼがあり、水牛がなにやら鋤を引いている。
オレにとって、水牛は始めて目にする生き物だ。

「水牛というのは新鮮だのう。カンボジアかベトナムみたいだ。2期作か3期作やるんだろうか」
オレは、カンボジアもベトナムも行ったことは無かった。

民宿と同行者

南風見莊(はいみそう)という、手ごろな民宿を見つけ投宿する。オバアが一人でやりくりしている。

客が3人。同年代の男3人だ。
他に民宿ヘルパーの男が1人、客の世話や雑用をしている。
どうせ客はみんなやること無いから、昼は好き勝手に散歩したり釣りしたりして、夕食が一緒というぐらいだ。 田舎の安民宿だから飯はたいした事は無い。
金が無いから宴会する訳でもなく、たわいの無いこと喋って寝るという按配だ。

そのうち、一人二人と波照間島に出発し、男のほかに客1人とヘルパー1人になる。
ヘルパーは浜崎修治という。
「俺はハマサキ、鹿児島出身。ハマザキと濁ると関東風だからね。ちがうよ」
以後、Hと呼ぼう。

H言うには、もう客も2人になったし、観光時期も終わった、暇だから仕事は休むつもりだ、と話し始めた。
「この先の鹿川湾でオジイが一人で仙人のような生活をしているらしい、どうだそのオジイの所に行ってみないか。歩きで1日前後、道無き海岸をてこてこ歩いて、聞くところによると、干潮の時間帯を利用して、海の中を歩くと速いらしい。

何人か尋ねていった人が居て、鹿川はリーフ(サンゴ礁)が切れていて釣りには絶好らしい。ただ近くはないので、多くが帰りの荷物に閉口して、釣り道具・食料などをオジイのところに置いてくるらしい。
またオジイは恐ろしく足が速くて、鹿川、豊原間を1日で往復するとも聞いた」

オレ「うん、行く、面白そうじゃないか。 俺は時間は無制限にあるんだ。ただ道具が無い。
靴が無い、リュックサックも、釣り道具も」

H「それなら何とかなる。竿とリールは何とかもう1人の客から借りよう。 
リュックは古びたのが転がっていた。 靴は縁の下に客が捨てていったやつがいくつかある」
オレ「食料と酒を買いに行こう」

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