西表島・山の道2~無人小屋

無人小屋を見つけて夜を明かす

やがて夕刻近くなり、やっと目指す無人小屋に着く。粗末なトタン張りの小さな小屋で、6帖位だったか。
琉球大学かどこかの簡易小屋として、利用されているのだろうか。床は地面そのままの土間だが、有り難いことに乾いている。
地面が乾いた小屋内では、少なくとも蛭の攻撃と雨からは開放されそうだ。
台風は過ぎたはずだが、一向に天気が回復する様子もなく、時たま強い雨が降る。

ふー、ここで一泊だ。なかなかいいぞ、雨風をちゃんと防いでくれる。
ほっと一息するが、日没までさほど時間がない。ビニールシートを敷いて寝床をつくり、夕食の準備にかかる。
出来るだけ湿り気の少ない枯れ木を集めて、何とか火を着けて小屋入り口で焚火。

食料は最低限で持ってきたので、どうも量的に充分でない。
「すぐ近くの山道に、椎の実と思われるドングリ形の実が落ちていた。調べて見よう」
観察すると、ドングリのように胴が膨らんでない。
光沢がなく、美しい砲弾型をしており、確かに子供の頃食べた、椎の実の様だ。
噛んで見ると、渋みも無く、甘味を感じる。種類は知らないが、これはまぎれも無い椎だ。良いものを見つけた。
収穫、収穫。

近年、夜店で「煎り椎」の店を見ると、奄美大島産の表示があったゾ、なるほど。
懐かしく思いながらも値段を見ると、一合500円だったか、高くて買う気がしなかった。

粗末な夕食の後に、蚊取線香の缶に集めておいた椎を、焚火で煎って食う。ポリポリ、コリコリ、…リスか縄文人のようだ。腹が膨れるはずも無いが、焚火の夜を過ごすには、こりゃもってこいのデザートだ。

近くで動物の気配がする。ちょっとした丘の向こう、100mと離れていないようだ。
薄暗い中を二人、忍び足でゆっくりと丘を登り、丘の頂点から中腰で、ソッと下の谷間を覗く。
すでになにもいない。逃げられた。 
ここに鹿や猿はいないから、猪しか考えられない。もちろんヤマネコではない。

谷に降りてみると数頭居たらしく、そこいら中、広い範囲を掘りくりかえして、泥んこ田んぼのようになっている。蟹でも探していたのか。
この島には猪は多いらしく、かなり捕らえられ、食用になっているようだ。

浜崎君の猪狩り

Hこと浜崎君は、この後もしばらくこの西表で過ごし、源徳ジイサンなる達者な爺さんと、それこそ猪猟でさんざんぱら島内を動き回り、針金ではね縄を仕掛けては、山から猪を降ろしていたいう。

ある時、一人で遠方(海の道の鹿川方面)に仕掛けた猪罠を見に行くと、5頭も掛かっていて、全て絶命させたが運搬に困った。
そこで一匹ずつ海辺に運ぶと、5頭をロープで数珠つなぎにして海上に浮かべ、ロープの端を自分の腰に結び、タグボートよろしく海の道を5頭の猪を曳航して、何キロも引っ張ってきた。
猪は外傷で出血しており、鮫が寄って来るのではないかと、肝を冷やしながらの曳航だった、と後で聞いた。

…その姿を想像してみよう。 
もしかして深みにはまり、腰のロープが邪魔して、Hが溺れ死ぬ。数日後、ロープに繋がった5頭の猪と一人の土左衛門が、遠くの海岸に打ち上がった。
浜は大騒ぎになる。
「いやー、浜を散歩してて見つけたときは驚いたの何の。こんな奇妙なのは、聞いたこともない」
「自殺か、他殺か、はたまた猪の祟りか?」
「気がふれて、何故か猪といっしょに入水自殺したのだろう」
「猪を散歩させてて、海に落ちたのさ」
「これは中国マフィア蛇頭の仕業だ。見せしめに、猪と一緒に海に放り込んだのさ」云々…

干立部落をめざして

さあもう寝るとしよう。海辺の棺おけロッジに比べると、今日のマウンテンゲストハウスは、平らな地面と屋根付きで高級だぞ。

ゲストハウスで迎えた朝の天気は、まだすっきりせず、台風一過の脳天気どころか、しぶとく雨雲を残している。
今日中に干立の部落に到着する予定だ。支度をして出発する。
小さな川を、膝まで浸かって幾つか渡る。

数時間を歩き、カンピレー滝やマリウドの滝を過ぎて、船着場の近くまで来たとき、浦内川本流と思われる川に突き当たる。
山道は川端で途切れて、対岸に続いている模様で、川を歩いて渡らなければならない。
川幅は良く憶えていないが20mほどだったか。

渡渉しなければならないのは解ったが、このところの雨でえらいこと増水している。濁流が左から右に勢い良く流れており、流れは岩に当っては白く飛び跳ねている。

川を渡ろうとするが

「ここは危険そうだ。他に渡れそうなところは無いか探そう」
二人で川上、川下と調査に行くが、そこはもっと深くて流れも速く、条件は悪い。
「やはりここしか渡るところはないようだな。どうやって渡る」
二人して川面を眺める。
長いロープを使って1人が岸で確保してやれば、たとえ途中で転倒しても、危険はかなり回避できるかもしれない。しかし、ロープの類いはまるで無い。

アウトドアの本に出てくるように、長い棒を川上にさして、三本足にしてそろそろと渡るか。
2m余りの木の枝を探してきて、試しに歩いてみる事にする。転倒するといけないので、リュックは着けないでおく。
木の枝を川上にさしながら2~3m進むと、すぐに膝くらいの深さになり、左側から強い水流を感じる。
バランスに注意しながら更に先へ進む。
もう少し深くなったところで、限界を感じて動けなくなる。

ここで足を取られて転倒すると、サーッと流されて下流の岩で頭をガキーンと打って気絶し、そのまま溺死の図式となるのか。

…まずい、今は腰に5頭の猪を結んでいないので、話題性に乏しい。ここで溺死しては話の種にもならない。犬死にだ。

「オー、ノー、ギブアップ」そろそろと引き返す。
「浜ちゃん、こりゃ無理じゃ」

天気はやっと回復に向かい始めている。
西表の川は短いので、1日くらいで水位は下がるだろうと予想はつく。

「明日まで待つしかないか」
「ということは、今晩はこの辺で野宿か」
「ということは、食料切れで飯が食えないということ…」
そう、我々は食料はぎりぎりしか持ってきていないので、延泊は断食を意味する。

前進できないので、しかたなく明日に備えて寝場所を探しに行く。山道から少し入り、岩が露出している場所に、二人が何とか斜めに寝そべれるくらいの、岩の割れ目を見つける。
床は按配い良いとはいえないが、すぐ前で焚火が出来て、暖を取るには具合良い。
暗くなる前に、一晩分の薪集めに出かける。
ついでに椎の実も探すが、残念なことに附近では見つからない。

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