蜂毒アナフィラキシー1

アナフィラキシーショックとは

皆さんはたぶん、「蜂毒アレルギー」とか「アナフィラキシーショック」をいう言葉を聞いたことがあるだろう。

アナフィラキシーとは、蜂毒や薬物、または食物などに対する急性アレルギーのことで、たとえば蜂刺されなどの場合、通常の局所的な腫れや痛み、発赤、かゆみなどにとどまらず、全身のじんましんや寒気、嘔吐などの全身症状が現れ、重度になると呼吸困難、血圧低下、意識障害、気道閉塞、不整脈などのショック症状で生死にかかわる事態に陥るというものだ。
このように生死にもかかわる重篤な症状になると、アナフィラキシーショックというらしい。

本来は人体に有益なはずの抗原抗体反応が過剰に働き、人体に不利に作用するもので、蜂毒などの抗原が体内に1回目に取り込まれた時よりも、2回、3回目と数重ねるほど反応が激しく現れ、全身症状やショック症状を引き起こすというのだ。

ペニシリン注射や麻酔のショック、また蕎麦アレルギーなどで、重篤な症状を呈することは聞いたことがあるだろう。症状としては似通ったものと思えば分かると思う。

蜂攻撃を食らう

ハチ
だいぶん前、そう20代前半の頃、ワシは4トン積みトラックの助手席に乗って郊外の現場に向かっていた。場所はN県のK川村付近。
秋の好天のなか朝早くから出発していたし、運転もしないでよかったのだが、すがしい外の空気をウインドウから取入れながら、ノホホンと寝ぼけまなこでくつろいでいた。

そこに突然、左腕の内側中ほどに、チックーン!と鋭い痛みを感じる。
ウァッ!、何かに刺された!と思い、反対の手でバンバンバン!とそのあたりを叩く。腕を下に振ってみると、長袖の袖口からポロリと小蜂が落ちてきた。

それはあまり鮮やかでない、濁った黄色と黒褐色の縞模様の小型の蜂だ。
押しつぶされて、半死状態でヒクヒクしている。
窓から車内に飛び込んだ蜂が、そのまま袖口から迷い込み、出口を無くしてアワ食った挙句、近くにあったワシの腕を刺したらしい。
「チェッ、なんだ、蜂に刺されたよ…」
しばらくすると赤く腫れてきたが、さして気にせずにそのまま放っていた。

身体に異常が発生

ほどなく目的の工事現場に到着する。
さて着いたかとトラックを降りたが、なんだか身体に異常を感じる。
ワシは両目とも視力2.0ほどで、いたって目は良いほうなのだが、なんだか見えかたが少しおかしい。
油の目薬でもさしたように、ぼんやり風景がにじんで見える。更に上半身の皮膚全体に、毛虫にかぶれた時のような不快感を感じる。
服をめくってみると、胸や腕に赤いポツポツや10円玉くらいの赤い斑紋がたくさん出来ている。それはお互いに、繋がって大きくなりはじめている。
首周りをそっと触ってみると、やはり何かにかぶれた様に皮膚が腫れて、ブツブツが出ているのを感じる。
髪の毛を分けて頭皮をそっとなぞってみると、全体が蚊に刺されたかのように、デコボコしている。

なんてこった…全身に、じんましん様の症状が出ている。
目がにじんで見えるのは、眼球にもじんましんが出来ているのだろうか。

一路、病院へ

これはいかん…。 
責任者に申し出て病院に行くことにする。トラックの他にも乗用車を持ってきている。病院くらいはなんとか一人で運転して行けそうだ。

責任者「本当に一人で行けそうなのか?幸い病院はすぐ近くに、S町総合病院というのがある。道路を下って国道に出たら右折、少し行くと左側の白い建物だ。仕事が終わると迎えに行くから」

車を借りると、直進の田舎道を猛スピードで病院に向かう。
途中かなりスピードを出していたので、勢い余って砂利道の水溜りの泥水を、道路工事の作業員さんに飛ばしてしまう。
泥水かぶった作業員さんが「コリャー」と怒って体を起こしたのが見えたが、そのまま逃げて来てしまった。
…緊急事態につき、勘弁してください。

やがてめざすS町病院に到着、まっすぐ受付へ。
朝の開院の時間で、受付には長い行列、かなり混んでいる。
えーい、順番など待っていられない。受付カウンターに歩み寄り、受付嬢に横から申し出る。
「すみません、蜂に刺されて気分が悪いのですが!」
受付嬢「エッ!蜂刺されですか!はい分かりました。ここに名前と生年月日、連絡先をお願いします。」
記入が終わらないうちに看護婦がワシの脇に付く。そしてまっすぐ処置室に連れて行かれると、すでに医者が待っている。
診察の後、何か薬を注射され、更に点滴がすぐに始まる。

看護婦さん「点滴にはかなり時間がかかります。しょっちゅう見に来ますが、気分が悪くなったときは、このボタンを押してください」
すごく手際が良いし、優先的待遇を感じた。
「いい病院だなー」

あとで聞いた。
「S町病院の前院長は、最近、首の後ろを蜂に刺されて死んだんだよ。新聞に出てた」

蜂毒アナフィラキシー体質になるまで

ワシは蜂毒アナフィラキシーの体質であることが分かった。
思えば蜂に刺されたことが、いったい何回あるのだろうか。

1.小学校低学年の頃、近所の自転車修理屋の軒下のアシナガバチの巣を水鉄砲で奇襲するも、反撃に遭い、刺される。敗戦し、泣いて帰る。

2.同時期、母方の田舎にカブトムシ採りに行く。栗の木の樹液に群がる昆虫めがけて、レンジャー部隊のように枝に逆さまに手と足でぶら下がって目標に前進中、右手で蜂に触って刺され、そのまま木から落ちる。
右手の下で…ブウーーン…と大きな蜂が羽ばたいている感触を、まだ思い出す。確かではないが、クマバチだと記憶している。手も痛かったが体の打撲も痛かった。負傷兵となり前線離脱し、泣いて帰る。

3.小学校の高学年、近所の古倉庫の軒に着く蜂の巣を、竹棒でたたき廻す。作戦不十分にして反撃に遭い、刺される。

4.24歳のころ、アルバイトで沖縄宮古島で「フォード5000」という、当時沖縄の片田舎では大型に属するトラクターを用いて、サトウキビ畑やタバコ畑を耕運していた。
畑脇のアダン(タコノキ)の葉の裏につく蜂の巣を、この機械でゆすって刺激してしまい、攻撃される。すごく小型の蜂だったが、突如として集団で攻撃してくる。突然、チカッ、チカチカッと刺されたかと思うと、右耳の周りを5~6箇所ほど刺された。

「ウアッ、蜂だ!」トラクターを停止する間もなく、とっさに左側の広い畑の方にハンドルを切り畑に飛び降りるが、そこは耕したばかりで、地面はフワフワゴロゴロして、非常に走り辛い。
だが敵は10匹以上も頭の周りを飛び回っている。足元をとられながらも、猛ダッシュで走って逃げる。
蜂はしばらく追いかけてくるが、とにかく必死で逃げる。

案配よく蜂から逃げ切ったが、この後はローギヤでゆっくり無人で動いているトラクターに飛び乗って、回収しなければならない。…危険だ。

夕方、手伝いの農家に帰ると「アガイー、大変サー、あんた大丈夫かー、死ぬ人もいるサー」と農家のおばさんに沖縄風共通語で心配される。更にこの後にも蜂に刺される出来事は続く。

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