ある時、マムシ酒を…Part1

ハブ酒売り

蜂やブヨ以外に毒のある郊外の生物といえば、やはりハブやマムシだろう。
ハブ、マムシ毒は血液毒に属し、細胞などの蛋白質を侵して,
人体に大きなダメージを与える。
コブラなどの神経毒とは、一味違う。

高校生の頃だったか、街角で見た「ハブ酒売り」の記憶がある。
ある夜、街の雑踏のなか、「バナナの叩き売り」の演技がひとしきり行われ、バナナが売り切れると、次いでこれは不思議、奄美大島産、民間の秘薬”薬用ハブ酒”の実演が始まる。

理科実験に使うような大きなガラス瓶の中で、大きなハブが牙を見せて、薄黄色の液体に浸かっている。
他に、栄養ドリンク剤ほどの小瓶に入った「薬用ハブ酒」らしきものも、たくさん用意されている。

ハブ演者はよく切れそうな包丁を取り出すと、まず大根などの野菜をスパスパと刻んでみせる。
更にその包丁の刃を自分の左腕の内側にそっと当てると、スーッとゆっくり手前に引く。
包丁の刃は表皮の下まで達したらしく、10センチ程の長さで、直線状にうっすらと血が滲んで見える。

血が滲んだ腕を観客にぐるりと見せると、薬瓶の形のガラス瓶を開けて「ハブ酒」を脱脂綿に含ませ、傷の部分の血をゆっくりとぬぐいながら、消毒するように拭き始める。

すると摩訶不思議、腕の内側は切り傷どころか、その跡形さえも一切無くなり、きれいに治っているのだ。

ほどなく、魔法の奄美大島民間秘薬「ハブ酒」は、小瓶でもかなり高値なのだが、次々と売れてゆく。

これには「出血トリック」と販売促進の「サクラ」が存在するはずと感じて、見破ってやるべく次の実演まで近くで待機して臨んだが、ついぞトリックやサクラらしき人物は特定できなかった。

かようなことを記憶していたので、あれはイカサマ、世間で言われているような効能は無いと思う。科学的でないし、これは恐怖心や信仰心や、蛇の形態が男根に似ていることに起因しているのだろう、と考える。
書物では、マムシが世に言うほど霊験あらたかな薬効があるかどうかは、解明されていない。

ハブの薬効とは

ハブに関する書物によると、ハブやマムシ毒の成分は、多くのアミノ酸よりなり、消化酵素の役を果たしている。また、ヘビの肉や体内に持つ脂肪嚢は、非常に良質の蛋白質や脂肪分であり、これらをアルコール分に溶解すれば、薬効につながるかも知れないとある。
つまり蛋白質分解酵素や良質の蛋白、脂肪が溶解されている焼酎。ワシの認識はこの程度だ。
市販の赤マムシドリンクも、多分効能など無いのだろう。

ちなみにマムシとハブは兄弟で、いずれもクサリヘビ科に属し、アメリカ大陸のガラガラ蛇も近似種だ。

マムシはヨーロッパ、アジア、シベリア、中国、朝鮮、日本、北アメリカと広く棲息し、日本では昭和の時代は年間2~3000人が咬まれ、1~2人が死亡しているとの記述がある。
出血毒であるが、なかには複視(ものが二重に見える)になったり、眼底網膜血管変状などを呈することがあり、神経作用をも持つとある。

工事現場で見つけたマムシを捕らえようとして、右手親指付近を噛まれた職人さんがいた。
その人は一週間ほど入院したが、咬まれた箇所よりも視力に影響が出たことを、なにより心配していた。

ワシは薬効を信じない反面、自分でもいつか「マムシ酒」を作っては自身で飲んでみて、その効果を、特に下半身に効くや否やを実験、実証してみたいとも思っていた。

…ん?これは、前の記述とは明らかに矛盾しているが…?

マムシ酒作りに挑戦してみた

ワシは仕事の現場が屋外であることや、休日も郊外に出ることが多いことから、「マムシ」を何匹か採取したので、マムシ酒というものを作ってみることにした。

しかし取り扱っている最中に、何かの事故で噛まれてはたまらない。
よって、マムシを捕らえて持ち帰るとすぐに、首根っこを掴んで口を大きく開かせては、小さな鼻毛ハサミで、マムシの毒牙を根元からチョキンと切り取る。
これは万一のための予防法として、ワシが当初から実施していたことだ。
数週間もしてまた毒牙が発達したら、再度切り取れば良い。

人から聞いた「マムシ酒」の作り方は以下の通り。

  • マムシは食べ物を飲み込んでいるから、一升瓶の中に入れて少量の水を加え、絶食させながら糞を出させる。
  • 水が汚れたら新しい水に入れ替える。
  • これを何度も繰り返して、水が汚れなくなるまで数週間行う。
  • その後焼酎漬けにする。
  • 体内に糞を残したまま焼酎漬けにすると失敗だ。

…とても簡単に思える。
実践してみる。

9月に山でとらえた、良く肥えた腹がでかいマムシを、瓶の中で飼う。
一升瓶の口には金網で蓋をして頑丈に針金で縛り、2~3日おきに何度も水を入れ替える。
当初はマムシは卵胎生だし、出産時期であることからも、この腹でかマムシは子持ちのマムシで、瓶の中に子マムシを出産しないかと期待したが、腹がでかい理由は、野鼠を飲んですぐだったことが判明する。

水はすぐに汚れ、鼠のものとおぼしき銀色の体毛が次々と出てきて浮遊しているし、何度も水を交換していると、今度は白い石膏のような糞を次々と排出する。
これは鼠の骨であることが推察された。
この腹ぼてマムシは、2ヶ月近く水で飼っていたら便を出さなくなった。

いよいよ焼酎に漬けるときが来た。
梅酒用の35度焼酎を、生きたマムシ入りの一升瓶に漏斗で注ぎ込むと、マムシは狂ったように瓶の中で暴れるが、1~2分で絶命した。
きっと蒸散するアルコールにより、瓶の中で酸欠に陥り窒息死したのだろう。

……南無阿弥陀仏……

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