蜂毒アナフィラキシー4

ある夏の出来事

数年前、8月末のこと。
小学生の娘の「クラス夏休み親子レクレーションバーべキュウ大会」なるものに出かける。
場所は都市郊外のN川町の河川に隣接する神社敷地内、一人200円の有料広場。これはこの夏休み最後の行事かなーと、散歩がてら参加する。現地集合だが、総勢70名の大グループになる予定。

先着の父兄によると、入場の際、隣の公共施設の駐車場係りの人から、この一カ月間ほど、この場所で大型の蜂によるハチ刺され被害が多数発生しているので注意して欲しい、と伝えられたとのことだ。

なにー、どういうこっちゃ!何やら危険を感じる。
数人で広場内に、蜂の偵察に出かける。
涼しそうな木陰の広場奥にある木の洞から、10匹ほどの小指大のハチが、忙しげに出入りしているのを確認する。
1~2匹の偵察ハチが、周囲を20m以上も飛び回っては近くを警戒している。
そして巣がある木の根元に、花束が二つ置いてあるのは何だろう?

我々は涼しい木陰でバーべキュウをしたかったのだが、この偵察バチを見て子供たちが怖がることもあり、安全性を優先して蜂の巣から一番遠い、日向の広場に場所を変更してバーべキュウを開始する。

容赦ない夏の陽射しの下、大きなコンロに炭火が焚かれ、我々は頭上から、そして前から炙られて汗が噴き出る。
燃え上がる炭火の強い炎に炙られた、外は真っ黒けで中は生焼けのジャガイモや手羽先が、隣のコンロから回ってくる。
隣の炭火番は下手くそなようだ。 
子供たちは構わずにかじりついているのを見て、つい苦笑してしまう。

ワシは全身から汗を噴き出つつ、ビールで水分を補う。その間も、先ほどの蜂の巣がなにかと気になり、時々見回りに行っては、後続の行楽客グループに、巣に近づかないように注意をうながす。

管理人と交渉

正午になると、管理人なのか地主なのか、小柄なお年寄りが利用料の徴収に来られた。
グループ会計係の女性は、料金を支払いがてら、蜂の巣の駆除を考えてほしいと伝えているふうだ。
管理人はそのことでなにやら答えているようだが、まもなくすると会計係の女性は、このおじいさんの返答は全く要領を得ず、話にならないと憤慨して帰ってきた。

ワシらは話にならない老人との会話はどんなだったのだろう、と思ったが、詳しくは聞かずにバーべキュウを続行する。

日向での熱い熱いバーべキュウをしていたが、「ヒャーッ!」という悲鳴に振り返ると、40歳位の女性が、頭を両手で押さえて家族が乗っている車まで走り込んでいくのが見える。
バーべキュウの場所を探していて、ハチに不意に頭を刺されたとのこと。
ワシが、大型のハチなのですぐに救急病院に行ったほうが良い旨伝えると、驚いて車はすぐに発進する。
まったくここは休日を家族で楽しむどころではない、ひどい所だ。

ワシはすぐに管理人のおじいさんのところに行き、ハチの駆除をしてほしいと、会計係同様申し出た。

管理人曰く「刺されるほうが悪い。蜂はむこうから何もしない。100円200円の料金しかもらっていないのに、そんなことは出来ない。ハチの怖さは知っている。スズメバチに刺されると顔が青くなり、病院に行く必要があるが、あのハチはまだ小型だから大丈夫だ。
わしはここから10kmも山奥に住んでいるが、あんなのは普通だ。あの木は神木のようなものだから、駆除など出来ない。隣の公園から無料で侵入する者もいるし、そんなことは知らない。いやなら利用しなければ良い。
あんたはこの場所から出て行ってくれ。あそこのハチに刺されて死んだ人がいるなどと言う者がおるが、事実なら駐在が来るはずだ…云々」

あまりの話にあきれて言葉も出ない。会計係の女性が憤慨する訳だ。この70歳を超えたと思われるおじいちゃんでは、全く話にならないようだ。
危険度の認識は低く、神木もどきの木の方が人命より尊いらしい。たとえいくらであれ、利用料金を取る以上、場内の安全に最善を尽くさなければならないのに。

さっきの木の根元に供えられた花束といい、どうも死亡者が出た可能性が高い。危険だ!
しかしこのおじいさんでは、とにかく話にならないのは解った。

バーべキュウも終わり、帰り際に隣の町営駐車場で注意を促してくれた料金係りのおばさんに話を聞くと、
「何度も管理人に蜂駆除のお願いをしているが、何しろ他人の土地なのでねー」と遠慮があるようだ。
ここ一ヶ月ほど被害者が多数出て、患部を冷やすための氷なども、提供しているということだ。

ワシ「それほど被害が出ているのに、あの訳が判らないおじいさんや神社に遠慮していても、仕方ないではないか。地区の安全や信頼に関わる問題として、区長を通して問題提起しては」と告げる。

駐車係のおばさんはしばらく黙り込んでいたが
「そうだねー…ほんとだね、今夜は地区の寄り合いがあるから、話を出してみるかねー…」という。

対策を練る

ワシはこの件についてどうするか考えて始めていた。
計画その1.新聞社に連絡する(状況を文章で訴えて取材に出向かせる)
計画その2.警察に依頼する(電話する)
計画その3.町長に連絡する(手紙を出して、あなたの町でこんな危険があると訴える)

帰宅するや、早速、計画その1.の実行に取りかかる。
文章を作るのに時間がかかったが、メディアが動くかどうかは判らない。

すでに夜間であるが、朝日新聞の地方支局に事前電話する。
記者かと問うと、アルバイトだという男性が電話に出て、頼りなさげな感じだ。FAXをして1~2時間待ってみるが、なんの反応も無い。新聞社にとっては面白くない事案なのか、それとも相手がでかすぎたか。

その2.の警察の方に移行する。 
夜も遅いが、管轄の警察署に電話する。
警察受付「それでは刑事課の方に廻します」
ワシ「もしもし、カクカクシカジカなのですが…」
刑事(?)「ほー、それは危険ですね。最寄の交番から出向いてもらいますよ」

10分ほどで交番から電話がある
「もしもし○○交番の△△巡査ですが話は聞きました。今日は遅いので、明日の朝一番で現場に行きます」
なんとかなりそうだ。

その3.の町長へのお手紙は、新聞社用の文を少し変更すればいいので簡単だ。
明日でもFAXすれば良いが、これは警察の動きを見てからでいい…

翌朝8時くらいに、昨夜の巡査から携帯に電話がある。
「今朝、地元の方に話を聞きました。昨夜の地区での話し合いにこの事案が出され、朝早くハチが飛び立つ前に、プロパンガスバーナー2本を使って焼き殺したとのことで、現場に行ってみますと木の洞穴は焼け焦げた痕が有り、木の根元には焦げたハチが多数転がっていました。蜂の巣は無くなった模様です。」

昨夜の地区寄り合いを経て、ハチ駆除に動いてくれたようだ。 
頑固で老害のじいさんなど気にせず、もっと早くに動いてくれると被害も少なかったのに。警察官に礼を言うと、一件落着となった。しかし、あの花束は何だったのだろう。

おまけ:ブヨの恐怖も

ワシは、ハチ以外に「ブヨ」にも過敏だ。
手の甲を刺されるとバーンと腫れあがり、車のハンドルも握れないくらいになり、不自由する。
顔を刺されるとどうしようもなく膨れて、目が開けにくくなる。
それは一週間も腫れて、一ヵ月もシコリが残り、風呂に入る度に痛痒い思いをする。

ある時に山中で多数刺されてあまりに腫れたので、治療で医者にかかった。治療の際、医者に相談すると「ブヨが居る所に行かないように」と言われた。
藪医者め!

ある夏、サイクルレース用自転車で山道練習をしていたとき、不運にも道路の横断側溝をまたいだショックで、前輪が破裂音とともにパンクしてしまう。

「ありゃー、タイヤ安くないのにパンクしたよ。交換か!」
レーサーのパンク修理は ボンドで張り付いている細いタイヤをリムから剥がして、サドルの下に携行している予備タイヤに交換し、さらに空気を注入しなければならない。

自転車を降りて20秒も経った頃、蚊なのだろうか、プーンプウーン、と体にまとわり付いてくる。
前輪をフォークから取り外そうとしているうちに、4~5匹に足を刺される。

急な峠をハッハ、フッフ、と自転車を漕いできた。
体中から熱と炭酸ガスを放出している上に、汗みどろの半袖と半ズボンのいでたちだ。格好の餌食になるのは、間違いない。

蚊と思っていたがよく注意して見ると、蚊よりも黒くて小さく、動きも早い。「あれっ、蚊と違うのか。これはブヨかよーー、えーッ、冗談じゃねー」

ブヨ刺されは嫌なので、自転車を担いで10mほども逃げるが、すぐにまたブヨは寄ってくる。
また逃げる。ブヨが来る。更に20m逃げる。
ワシに50匹ほども、ブヨさんがキスしに来ている。

ウワー!これはとにかく逃げなければ。
もうパンクなんぞ関係ない、前輪がグラグラしてパコパコと音がする自転車にまたがって、ひたすら逃げる。

数キロ逃げた所でやっとタイヤ交換。
すっかり練習意識も消沈し、痛痒く腫れ始めた足をいたわって帰る可哀想なワシでした。

アナフィラキシー4/4