自転車教室参加レポート2

出迎え

バスを降りたところに、係員の青年がすでに待ち構えていて、その場で点呼。やはり13人だった。
「さあ行きましょう」と係員に促されて歩き始めるが、あちこちから、ため息混じりの小さな声が聞こえる。
「心臓が止まりそう…」「帰りたいよう~」「とうとう来ちゃった…」「足がガクガクする…」などなど…。
おやおや、しょっぱなからずいぶん深刻な雰囲気だ。

私は武道のほうで、試合やら審査やらの緊張する場面は場数を踏んでいるので、これぐらいで、上がったり緊張したりはしない。
たとえ緊張するにしても、それなりに自分のペースというものを作り出すのに慣れているので、ちょっと悪いが、みんなを観察するのがけっこう面白い。

試合や審査は、多数の審判や審査員を前に、並み居る衆人看視の中、少人数か或いは1組で演武をするので、ほんとに周囲が真っ白になる。手も足もガクガクして、感覚が無くなることが珍しくない。だいたいみんな、自分が何をしたか、全く覚えていないと言う。
大人になると、ああいう緊張する場面はなかなかないので、けっこうしんどいもんだ。

前に「アガらないコツ」を教えて貰ったが、それは周囲を見回して、自分よりもアガっている人を探すことだそうだ。
でも武道はポーカーフェイスが必須条件で、これはみんな、知らず知らずに身についている。だから一見しただけでは、みんな全く平気そうな顔をしていて、あんまり役に立たないアドバイスではあった。
しかし今回は確かに、このアドバイスの通りだわ…。

ミーティングは深刻だった

会議室に案内されて、開講式と自己紹介、参加動機などなど、けっこうバラエティに飛んだコミュニケーションがあった。車で来た人と前泊組が加わって、計17人だ。

どうも部屋割りがトシの順みたいで、やっぱり私がトップ。子供の頃の習い事は、どこに行っても最年少でトップのことが多かったが、ここでは最年長のトップかい…。
まあ50過ぎてから一念発起して、初めて自転車に乗ろう、なんて人は少ないでしょうねえ。

でもまあいいや、私がなんか面白いこと言えば、みんなも気が楽になるだろうと、トップで自己紹介をする。
「年齢制限のギリギリなので、慌てて申し込みましたー。武道やってて受身も普段から取ってるので、こけても普通の年寄り並みに心配しなくていいです」と自分でバラしてやると、後ろの方から「あーら、私が最年長かと思ってたあー」と声が上がる。

武道ウンヌンは、申し込みの時点でいろいろ参加動機や抱負など書くようになっていたので、すでに主催者側には伝えてある。
別に自慢するわけではなく(少しはあるか…)やはりある程度の年齢になると、転んで骨折とか、主催側も心配するだろうと思うので、あくまでも自己責任で参加します、という意思表明だ。

その後、みんなの話を聞いていると、私が比較的に気楽なチャレンジで来ているのに比して、ほとんどの人が、かなり深刻な動機なのに驚かされた。
そして、どうしても必要なのに、乗れなくて悩んでいることが分かってきた。それでこんなに緊張しまくってるのか。

うーん、なるほど…子育てを終わってから、できないことにチャレンジしてるグループが、私以下3名。私以外は40代だった。

それ以外はほとんど、買い物や通勤、子供の幼稚園の送り迎えなどで、どうしても自転車が必要なのに乗れなくて来ているらしい。
関西や九州からの遠距離参加者も多く、これらは突然オットが転勤になって、都会暮らしから交通の不便な場所へ引っ越してしまったとのこと。

中には気の毒な人もあった。
「会社の社長が、私が自転車に乗れないことを知ってから、お客さんが来るたんびにわざわざ私を呼びつけて『この人、自転車乗れないんです』と言いつけるようになってしまったので…」と、なんだか悲しい話ではないか…。
「えー、それってパワハラにならないのー?ひどい~」と声が上がる。
「はいっ!それでは乗れるようになって帰りましょうね!」と指導スタッフのAさんが気合を入れている。

Y校長のお話で、「最初に良いことと悪いことを言っておきます。良いケースでは、明日から風を切って自転車で走れるようになるでしょう。しかし、万が一の最悪のケースで、骨折などに至った場合、その時はすぐに救急車を手配して病院へ搬送します。その位の保険に入っています」ということだった。
しーん…。

うーん、この辺り、責任範囲はどうなっているのか。欧米式ならば必ず出て来る「以上のことに同意します。責任追及及び損害賠償を要求しないことに同意します」という契約書などは出て来なかったが、こんなことするのに、そういう心配ばかりしたら何も出来ないだろうな。

まあ外国人の場合は、契約書にサインさせるのかもしれない。
最近は武道を教えるにも、外国人と日本人では、入門願書の内容が違う。欧米人の場合には「たとえ稽古が原因で死ぬようなことがあっても、損害賠償を請求しません」というぐらい、強烈な誓約書を取る。しかし、それでもやはり、ちょっとした怪我ていどでも裁判沙汰になることが珍しくなく、裁判ではたいがい負けるそうだ。

話をしたのでみんな少し緊張がほぐれ、部屋に行って着替えをして、早速第一日目の練習が始まった。

一日目の特訓始まる

12時には自転車広場というところへバスで移動し、準備体操をする。なんだかほんとに、人里離れた場所だ。
でも、いくらお天気いいからって、地面に寝そべって柔軟体操って、ちょっと乱暴じゃないかしらん。妙齢の乙女ばっかり(???)なのにぃ。
でもこの疑問は、後からなんとなく納得が入った。

この講習は「まったく自転車に乗れない女性」が対象。
つまり、自転車を見たことも触ったこともない、という前提からなので(見たことないは大袈裟だが、詳しくは見てないだろう)自転車各部の名称のお勉強から。

確かに、各部の名称を知らん…ブレーキの位置なんかもぜんぜん知らんかった。
ハンドルとか車輪ぐらいは分かるけどさ…。腰掛ける変な三角形のイスがサドルというのは、今初めて知った(笑)

じゃーまず最初に、スタンドはずしてみましょう。
このストッパーを後ろに蹴ってから、自転車を前に転がせばスタンド外れます。←指導員
う…蹴ってるはずだけど外れないよ…自転車乗る前の難関…。

「Uさん、それちょっと曲がってるから、もっと強く蹴って!それ、ボンッ!」あ、なるほど…やっと外れた。
「そっちの人、蹴ってる方向が違います。後ろの方に蹴って!」
と言われてもこの人、車輪の方向に蹴込んでるんじゃないの…。指導員が走って行く。

このあたり、常識で考えれば、車輪の方に蹴込んでしまったら、車輪に当たって回らなくなるんじゃ?と分かるのだが、こういう時は子供でも分かる常識が、スッポリと抜け落ちてしまうものなのだ。
武道でも「右手を前に出して」と言われて左手出す人、すごく多いです。
「そっちじゃないでしょ!右手は普通お箸を持つほうですよ」と何度言っても、まだ右と左が分からない。

単に当人、舞い上がっちゃってるからなんですが、人間、初めてのことをやる時は、いい大人が想像もつかないぐらい、判断力無くなったりするもんです。しょうがないよね。
指導側はこのあたり、よく分かっていらっしゃるようで、とても親切だ。

「はー、今日は順調に行きましたね。小学生だと、ここまで来るのがすっごく大変なんですが、今日はみなさん、順調です」
……これって…まだ自転車のスタンドを立てたり外したりしただけ、なんだけど。

それから、自転車を押して歩く練習。
指導員の後ろについてぐるぐる回ったり、八の字を描いたり…私も、最初は勝手な方向を向きがちだった自転車が、だんだん押しながら楽に歩けるようになってきた。

まあこのペースなら、なんとかついて行けそうだ、と思ったが、サドルに跨ってからは、けっこうハードだった。最近の自転車の乗り方指導は、昔のやりかたとはぜんぜん違うらしい。
昔は、いきなりペダルを漕がせて、倒れそうになるのを後ろの荷台を持って、支えながら走らせていたもんだったが、今はそんなことはしないらしい。

まず、サドルに跨って、両足でポーンと地面を蹴ってタイヤを転がす。
当然、最初はほとんど進まないままに勢いがなくなったり、バランスを失って、足をついてしまう。
しかし、何度も繰り返すうちに、だんだんもちこたえられる距離が長くなってくる。

ポン、スー、ポン、ポン、スーーーー、ポン、スーーーーーという具合である。
30分もこれをやってると、だんだん慣れてきて、一回地面を蹴って何メートルか足をつかずに、進めるようになってくる。特にゆるやかな下り坂だと、割と楽に距離が稼げるようになってきた。

このバランス取りが一番大事だそうだが、まだ、ハンドルがうまく切れない。
たまにはフラフラしながら持ちこたえることもあるが、どこに行くかは自転車に聞いてくれー状態だ。この練習が小一時間続いたあと、小刻みに昼休み、中休みの休憩を入れながら、練習が続いた。

少しバランスが取れるようになってきたら、もう次はペダルに足を乗せて漕ぎ出す練習。
これはなかなかうまくいかない。最初の一歩を踏み込んだ瞬間に、大きくバランスが崩れて、倒れそうになる。特に踏み込み側と反対の足をペダルに乗せられない人が多い。
私は漕ぐのは比較的すぐに出来たが、やはり発進が難しい。発進してしまえば、後は広場をぐるぐる何周かできるようになった。ここまで、合計2~3時間ぐらいでできたように思う。

次へ | 自転車教室2/5