B型的日常生活~少々恥ずかしい話~

朝も早よから

だいぶ前の話だが、私は土曜日ごとに武道の朝稽古に通っていた。稽古は朝7時開始なので、私の住まいからそれに間に合うように行くには、朝5時に起きても、超特急で家を出なければならない。
腹が減っていては戦もできないので、この日だけは朝からちゃんと食事をして行く。仕事に出る前に切ったはったをやって、ぐったり疲れてしまう訳で、なんとも御苦労な話だが、こういう酔狂な御仁がけっこういて、朝稽古はわりあい賑わう。

私は、仕事が一般の会社よりも遅く始まり遅く終わるのでちょっと辛いが、もともと朝早くから活動するのは好きなので、無理して起きて活動しているうちに、すっかりこの生活が身についてしまい、もう7年間続いている。

ところが稽古はいいとしても、その後に曲者が待っている。
「おいU、館長室にいいものがあるから、冷蔵庫見て、なんかツマミ出しといてくれよ」
「私、これから仕事ですから」
「まだ時間あるだろ。Cがイタリアに里帰りして、お土産持って来たんだ」
「ウーム……」
かくして私は、週休2日で土曜の午後を持て余す結構な御仁と一緒に、つい時間をやり過ごしてしまうことと、あいなるのである。

「これ、グラッパっていうんですか。結構イケますねえ」
「ワインを加工したヤツだ。日本ではめったに飲めないぞ」
「なんだか頭ばっかりカッカするけど、首から下には来ないや。日本酒だと、すぐに足取られちゃいますけどね。私、弱いのかな」
「バカ、酒に弱いヤツがそんな感想言うか」
「イタリア人、こんなの飲んで騒いだら、ケンカになるに決まってるわ、体はよく動くんだから」
「試合用にとっといてやろうか。これでドーピング出来るぞ」
「それはいいけど、ちょっと、もう本当に行かなくちゃ。今日は仕事忙しいんだから」
「あとこれだけ注げば、このボトル終わりだ」(トク、トク…)
「あっ、あっ、そんなに…」

何食わぬ顔の裏に

この道場には神聖な掟があって、自分のグラスは必ず責任持ってカラにしなければ、道場から帰してもらえない。
これは、入門時に厳粛に言いわたされ、この決まりは月謝の納入日よりもきちんと守られている。

道場を後にした時は、アルコールの血中濃度は、何パーセントになっていただろうか。
この道場は代々木にあり、私の職場は新宿である。もうちょっと遠ければ、少しはアルコールの抜ける余裕もあろうというものだが、山の手線で一駅だから、ものの3分とはかからない。

なに食わぬ顔をして新宿駅に降り立つが、我ながらいったいどんな顔色をしているのであろうか。まだ11時前である。
1月も末のこととあって、この時間帯の新宿は、まだ比較的静かである。
買い物客もビジネス勢も、まだ本格的に繰り出してはいない。ところは今日は、なんだか少し様子が違うようだ。

東口の紀伊国屋本店のすぐ隣のビルに、献血センターがある。
いつも道路にプラカードを持った職員が立っているが、それが今日は7~8人に増えて、交叉点近くまで繰り出し、派手に献血運動を繰り広げている。

「B型のかた、いらっしゃいませんか!!緊急事態です!血液型、B型のかた!いらっしゃいましたら、是非こちらまでお申し出下さいー!!」

なんだなんだ、緊急事態でB型の血が足りないのか。
ムムム、そういえば確か、高校時代調べたまんまだが、私は確かB型の筈である。
「血液型人生読本」が出た時には、非常に深く納得しながら読破したものだ。

だがほとんど病院にも行かないし、ちゃんとした会社勤めでもないので、健康診断とも献血とも縁がない。
悪い血は武道の稽古で出し尽くし、病院とは縁がないまま、ポックリいくのを待つだけと決めている。それゆえ、ひょっとしたらB型からO型に変わっていたとしても、自分ではわからない。
……B型というのは、気の迷いだったかもしれないのだが…。

B型血液が足りない!

献血隊員が、更に絶叫する。
「お願いします!!今すぐ、必要な血液が不足しています!B型のかた、いらっしゃいましたらお申し出下さい!血液センターはすぐそばですので、係員がご案内します。お時間は取らせません。どうぞ、お願いします!」

うーん、参ったなあ。あんなもの飲まなければよかった。
アルコールが輸血にどう影響するのかはよく分からないが、少なくともいい影響はないだろう。
手間だけ取らせて使えないとなったら、悪いしなあ。

かくして私は、叫び続ける献血マンをうつむいてやり過ごし、何食わぬ顔を取り繕いつつ、その場を去ったのである。
と、これだけなら私の日常の、ただの間抜けなひとコマなのだが、実はこれには後日談がある。

電車の中で

私は東横線で通っている。
電車通勤もそれなりに楽しいもので、特に私はあまりラッシュに会わずに済むので、雑誌を読んだり吊り広告を眺めたり、乗客をこっそり観察したり、けっこう有意義に過ごすことができる。
考えてみれば、他人をジロジロ眺めることができる機会なんて、意外と少ないものだ。
人相学の勉強にもなるし、時には勤務先の内情、男女の愛憎悲喜こもごもがかいま見られて、思わぬ拾い物をした気になる。

それは夜10時台だったと思うが、私の隣に男女が一組座った。
話の様子からすると、それほど親密ではない模様だ。何かの会合で一緒になり、打ち上げをやって、帰り道が同じ方向だから「それじゃご一緒に」、というところだ。

女「病院で、どんな仕事してらっしゃるんですか」
男「僕ね、輸血用の血液の、在庫管理してるんですよ」
女「それってやっぱり、必要な血液型が足りなくなったりすると、大変でしょうね」
男「そうね。血液型の占いってあるでしょ。あれ、鵜呑みにする訳じゃないんだけど、血液型って妙なところがあってね、この現象は何だろって思う時がありますね」
女「へえ、どんなふうに?」
男「血液型って、ご存じのように、A、B、O、ABって四種類あるでしょ。そのうち、A型はありふれてて数が多いから、まず問題なし。AB型はとにかく少ないから、こちらも切らさないように努力してます。面白いのはO型とB型でね」


天の声?

ん?どういうことなんだろう、とここで私は、いっそう聞き耳を立てた。
男「O型ってのはね、一時的に足りなくなることはあっても、不思議なことに、必要な時には必要なだけ、どこからか集まってくるんですよ。
問題はB型でね、必要のない時にワッと集まって余ってるかと思うと、本当に必要な時に、全然なかったりしてねえ」
女「あれ、有効期限とかあるんでしょ?」
男「そうなんですよ。だから結局、そんな場合は捨てざるを得なくてね」

…確かにそうでしょう。
私も確かに、必要な時に足りなくなる片棒を担ぎました。
ショックです。肝心な時に役立たず。
でも、この話をしていた男性は何型なのでしょうか。
案外この人もB型で、この人が、そんな事態を引き起こすような在庫管理をしてるというのが、真相かもしれないですけどね。

B型役立たず現象の一席、お粗末さまでした。

終わり