夏の日に道をきかれて

今日は夏休みの初日である。
私は珍しく休みを取って、普通のオバサンみたいにサンダル履きで買い物袋を下げ、用事も済んだので近所の花屋でも覗こうかと、エッチラオッチラ歩いていた。

暑い。真夏の日差しが、頭の上からガンガン照りつける。
こんなことなら、パラソル持って出ればよかった。辺りは静まりかえって、あまりソゾロ歩いている人はいない。

私だって、いちおう目的がなければ、暑いのにこんな所まで歩いては来ない。目的というのは、何かの時にはお願いに行く神社にお礼参りに行ったのである。風水師やってて面目ないことだが、自分と結縁の神様ほど有り難いものはない。

私がこの神社と自分の拘わりに気づいたのは、二度目にこの地域に住むようになってからである。なにしろ18歳から波乱万丈の人生を送っているので、引っ越しが十数回に及ぶ。

また、どの運命学で見ても、移動と変化の星周りなので、動かなければ、運が開けないのである。
そう意識して動いているわけではないし、また引っ越しは大変なので、そんな理由で引っ越しはできないが、どうしても、引っ越しの多い巡り合わせになるのである。

それがひょんな弾みで、同じ地域に20年を経て再び住むことになった。
考えてみると、私が人生の中で最も物心両面で恵まれ、向上のきっかけを得たのは、この地域に住んでいる時期だった。
今回は、前に住んでいた時とは比較にならないぐらい成長して戻ってきたので、ここの祭神さまも喜んでくださることだろう。

今回この地域に戻って来てから、さて地元の神様にご挨拶しなければ、と思いたった時、生まれた時からの不思議な符丁に気づき、ダメモトとばかりに、かなり困難なことをこの神社にお願いした。

といっても、願い事は口にも心にも出さず、ただ神前で読経するのみだ。つまらない心配をせずとも、どんな願い事で来たのか分からないようではたいした神ではないので、お参りしている時は別に何も考えない。
むしろ余計な計らいや執着は邪魔だろう。無心で経文と一体になるのが、最重要ポイントだ。これを禅定(ぜんじょう)という。我ながらリッパ!

そして、まさか、と思うようなことが通り、その後も何度かお願いしたことは、ただの一度も裏切られていない。あまりのことに恐れ多くて、ただただ、賽銭を上げては経文の読誦で一心にご供養することしかできない。

読者の方はそんなことがあれば、自分もあやかりたい、と当然思われることだろうが、私はそれなりに、他人がやらないことをやっている。
この神社の関東本宮に、一ヵ月ほど毎朝日参しては、本殿の前で法華三部経を全巻読誦し終わった。
何でそんなことをしたのかというと、別に理由は何もない。ただ何となく、やったほうがいいと思っただけである。
そこまでに、いろいろ不思議な縁はあるが、何の目的もなく、何かに取り憑かれたようにそんな行為をするのは、やはり生まれつきの因と縁があってのことなのだろう。
賽銭だって、チャリンという無礼な音を立てたことは一度もない。いつも 「パサッ」である。さすがに「ドサッ」という訳にはいかないが。

この前などは賽銭箱の上に、こういう立看板があった。私に向けてのことか。「不心得者もおりますので、賽銭は箱の下まで完全に押し込んで下さい」
それは由々しい事態である。

しかし、その賽銭泥棒とういうのは、どんな風に行われるのだろうか。昔ふうに、竹竿にトリモチかなんかつける手口なんだろうか。
それとも、デジタル社会に相応しく、近代的手法が出現しているのだろうか。空き巣も最近は、ピッキング泥棒なんて器用なやりかたに習熟しているようだし。

うちのマンションもオートロックで防犯カメラ完備のクセに、真っ昼間や夜中に、空き巣や強盗の被害が連読している。
それで最近、盗賊除けの霊符を書いてベタベタ貼ったが、それでも安心できないから、催涙スプレーを買い込み、日本刀と一緒に寝床の傍らに置いて寝ている。何と色気のない寝姿であることか。

それでも足りなければ、ヌンチャクでも鎖ガマでも、ステッキ術だってあるぞ。槍や薙刀はあの寝室には向くまいが、日本刀はひょっとしたら、鞘を払っておいた方がいいかもしれない。過剰防衛なんて法律は、私には通用しないからね。

……と、相変わらずつまらない事を考えつつ、さらにトコトコ歩いて、信号の所まできた。

車も人もポツリポツリである。こんな炎天下に出歩かなくとも、買い物ならば、もう少し陽が落ちてから出掛けようというのが、一般の主婦の考えだろう。
どうも一般人とはペースが合わないまま、人生の半ばを過ぎてしまった。このぶんでは一生合わないままだろうが、致し方ないだろう。

信号待ちするのもバカバカしいほど、のんびりした通行量だが、いちおう交通ルールを守って、青になるのを待つ。
すると、どこから現れたのか、子供のカタマリが、かたわらに出現した。

子供の塊というのは、じっさいそう見えたからで、丸っこい男の子が三人、手を繋ぎあって、トコトコ、私と一緒に信号を渡り始めた。

小さい。両側の二人は、まだ幼稚園だろうか、真ん中の少し大きいのは、やっと小学校1~2年生というところか。
3人ともたぶん兄弟なのか、小さくて丸っこくてコロコロしていて、それぞれリュックを背負っている。帽子はなしだ。
3人が揃いも揃って、いまどき珍しい丸刈り頭で、どこ見てもまん丸…。3人兄弟にしてはやや年が近すぎるが、明らかに真ん中の子が年長で、両側の二人の手をぐいぐい引っ張って、足早に信号を渡っている。

渡りながら、小さいのが二人とも、チラチラ私の方を見ている。
お互いにさえずりながら、何度も何度も私の方をチラチラ見る。

「ほんとにこっちなのお~?」
「ねえ、聞いてみようよ、聞いてみようよ」
チビが二人、お互いに両側から小声で囁きあっているが、兄貴分はあくまでも突っ張っている。

「あっちだよ!」
と歩きながら目をやる方角は、四つ角の遥か彼方で、さらに信号を2回渡らなければならない。距離はだいぶある。
私だってあそこまで行くのはウンザリだ。あそこまで歩くには、汗が何cc出ることか。だいいち、状況からして、どうも行っても無駄な感じもするのだが。

「だってえ……」
「いや、あっちだ」
顔を真っ赤にして汗を流しながら、懸命に二人の手を引っ張っている。
「ねえ、聞いてみようよ、聞いてみようよ」

私は笑いだしそうになりながら、信号を渡り切ったところでとうとう尋ねた。
「ねえ、どこ行くの?」
小さい二人がすぐに反応する。
「○○町!」
「○○町の地下鉄?」
「ううん、バス」
「バス停ならこっちだけど、どっちの方角に乗るのかな。それとも、バス停で誰かと待ち合わせしてるの?」
「ううん」
「どこに行くの?」
「△△坂」
「は?△△坂・・・?」

どうも聞いたことがない地名だ。単に目的地の町名なのか、そういうバス停があるのか。いくら近くに住んでても、すべての町名を知ってるわけじゃないし……。詳しく聞こうにも、兄貴分が意地を張ってるので、埒があかない。

だいいち、○○町のバス停だって、十字路の双方向に4箇所ある。これは、バスの運転手に尋ねるしかないかな、と思い、それじゃあ、とバス停の方角を決めかけた時に、自転車に乗った初老の爺さんが割り込んで来た。

「そりゃ、わかんねえや。交番行かなきゃ駄目だ。交番、すぐそこだ、ほれほれ」
どうもさっきから側にいて、様子を見ていたようだ。余計なことするなあ。
なにしろ自転車だから、私の前に出しゃばって、邪魔でしかたがない。
「交番行って、聞かなきゃ駄目だ。あっちだ」
「でも、いちおう○○町のバス停って言ってるから……」
その後は、てんで勝手に総計5人でさえずるので、もう何がなんだか分からない。

私が態度を決めかねているうちに、オヤジは丸っこい男の子達を急き立て、自転車で信号をまた反対に渡って、連れて行ってしまった。私がグズグズしている間に、信号は赤になる。兄貴分の大丸は、歩きながらムスッとして俯いている。

まあ、交番に行くんなら、最終的な安全は確保されるだろうけど、駄目なんだよお、そんなことしちゃ。
いちおう、年長者と男の子のプライド、面子ってものがあるでしょ。責任者が迷子になって交番に行っちゃあ、立つ瀬がないじゃないか。

あくまでも、自分で行くのを手伝ってあげるならいいけど、完全にお巡りさんに連れられて行く羽目になったら、敗北者になってしまう。失敗の夏休みだ。

でも、ここで私とこのオヤジが言い争いを始めるのも、かえって大騒ぎを招いて良くないしねえ。どっちにしてもこのオヤジのせいで、スムーズに行かなくなっちゃった。私がだらしないのかなあ。

どうも、私はトロい。咄嗟の判断が下手だ。ネットの仕事でよかった。その場で人の相談に乗ってたら、1年365日、しじゅう後悔してるだろうな。無礼な奴がいても、3日ぐらい経ってから腹が立ってきたりして。

諦めて元来た方向に歩きだしたが、しかし、あの大丸、小丸たちはなんでこんな場所を歩いていたのか。
この辺りは乗り換えの駅でもなく、ただの住宅地だから、この付近に住んでいて、自分の家の近くからバスに乗るのに迷子になるわけはなし、いったいどこから来てなぜここを歩いていたのか、という問題が、謎として残った。

様子からすると、人に聞かずに意地を張って、だいぶ歩いていた模様だ。小さくとも突っ張りの男の子って、可愛いよね。
ひょっとしたらあれは、ここの祭神の姫神さまの落とし子だったのかもしれない。
タオ=道を教えることは、今日は邪魔が入って失敗してしまったなあ。

今夜は花火だ。去年は近くのホテルのレストランの席を取って貰って上席で見たが、今年は忙しくて花火見物はお休み。ちびマルオ達も、どこかで無事に花火見物できればいいのだが。
私はここからじゃあ、ケムリしか見えないなあ、残念。

終わり