インドの風と水2

さて今度のテーマは水だった。
ガイドさんに、絶対に生水は飲まないこと、ミネラルウォーターを頼め!と厳しく注意されていたのに、二日目の朝早くも、寝ぼけマナコで洗面所へ行き、何げなくそこにあったグラスをザバザバッとゆすぎ、ジャーッと満たした水をそのままゴクリと一口…。
アッ、イケネェと吐き出したけど、何ともミョーな味だ。
デリーの水はへんにショッパイ。岩塩でも入ってるんだろうか。ああ、ここは外国だったんだな、と口の中に残った味で実感する。

次に行ったジャイプルの水は、今度は妙に甘ったるくてトロリとしていた。(口に含んでみただけです、ご心配なく)

レイクパレスの庭園
レイクパレスの庭園で
ウダイプルでは、かの有名なレイクパレス(007のロケにも使われた)に泊まった。
ここの宿泊客の何パーセントが日本人なのだろうか。一泊に現地の人の一年分の収入を払って、釣り合いの取れないチップを置いて、馬鹿みたいに見えるだろうな、と思いながら、迎えの船に乗ってゆく。

このホテルは、〈風光明媚な湖に浮かぶ白鳥のように優雅な古城ホテル〉という謳い文句で知られる観光名所(だそうだ)。
うーん、何のことはない、ハリボテのお城に、ターバン巻いてやたらニタニタ笑うボーイと、ハエと蚊がいただけじゃないか。
少し気の利いたものといえば、ホテルの中庭の池に錦鯉が泳いでいたぐらい。でもそんなの、なんでわざわざ日本から来て見なくちゃならないの。

それ以前に、ホテルの玄関に辿りつくまでに、緑色に濁った水面を派手に水しぶき上げて進むボートの上で、「ウップ…」と顔を覆ってしまった。ここでは溺死したくないなあ…
よくこんなところで「007」のロケしたねえ。ミーハー的行動すると、ロクなことはないと分かってはいるのだが、今回は私の行動パターンとはちょっと違うもんだから、致し方ない。
遊覧船もなにも全部断って、また文庫本のお世話になる。

今回行った地域は、観光案内には確か「水の豊かな地域で」と書いてあった記憶があるが、このレイクパレスの浮かぶ湖も、王妃の為に人工的に作った湖だそうだ。
それじゃあ、人工的に水を換えたり足したりしないと、すぐに汚くなるのも道理だ。こんなチャチな人造湖、ちょっと日照りが続いたら、すぐにボーフラが涌きそう。

象の乗り心地は

予定になっていたので、象に乗る。非常に乗り心地が悪い。こんなに乗りにくいとはやっぱり、乗ってみなくちゃ分からないことだ。
一足歩くたんびに、二階と三階をガックンガックンと上下しているみたい。おまけに象の御者はずーっとこっちを振り向いて、何か売り付けようとしている。断るたんびに揺れが激しくなるのは、気のせいか?

ずり落ちないようにしがみつくのに精一杯で、同乗者はいつの間にか、最初の言い値の半分ぐらいで手を打たされたようだ。
最後にこの象は、水溜まりの水吸い上げて、泥シャワーのサービスまでしてくれた。いや、サービスではなくて、売上が少なかったお返しかも。着てたものが台なし。インドでは象までチップ要求しそうな感じだ。

とにかくインドの水事情は、聞きしに勝るものがあった。
ドライブインや空港でも、立派な設備はあるのに水が出ない。やなもんですねえ、オバサンにチップ払って、自分の出したモン流してもらうっていうのは。

聞きしに勝る硬水

特に水の質ということについては、ホテルで小物を洗濯した折りに、石鹸が証明してくれた。とにかく石鹸が落ちない。汚れは落ちても、それ以上の石鹸がくっついてくる感じ。これは、話には聞いていたが、硬水の作用である。

硬水でせっけんを使うと、金属せっけんという不純物がベッタリついて、これは洗う前の汚れよりも落ちないのである。
水が良くないから洗剤多めに、と欲張ったアホな私は、レモン果汁入り牛乳シェイクを作ってしまった。

せっけんシェイク材料(一人前):ブラジャー1、パンティ2、ソックス1、ハンカチ2、スノール粉50g、硬水1リットル、すすぎ水50リットル以上(不明)
※下着の数が合わない点については、追求無用。

人ごとながら気になることには、インドでは洗濯には洗濯のカーストがあって、その階級に生まれた人は、先祖代々洗濯だけして一生を終えるのだそうな。
すると、トイレで水流してた人は、一生他人の排泄物と闘って過ごすのかしらん。ま、そこにはまた、ある種の悟りも生まれるかも知れない。

観光客がトイレに入るのを手ぐすねひいて待ち構えていて、出て来るやいなや、小さなバケツに水を汲んで、手を差し出すとチョロチョロ掛けてくれる。
トイレの中は、水洗の取っ手はついているのに水は出ないから、そのオバサンが流してくれるのである。やだなあ。もう同じトイレには、二度と行きたくないや。

先客があったので何となく観察していると、そのアメリカ人と思しきご婦人は、身なりこそ贅沢だったけれど、チップはかなり少なかった。なかなか出て来なかったから、頑固な便秘性ではないか、と勝手に推測する。なるほど、師のたまわく、便秘の人はケチ、と。

水に生きる

私が水にこだわるのは、人間の基本は水だし、また運命を決めるのも水だからだ。
身体の何十パーセントだっけ、半分以上が水で出来ているのだから、水に恵まれないのでは、国は栄える筈がない。
インドは聖なるガンジス川に全て流すそうだから、国全体が水の潤いと御利益から見放されている。日本の昔話や神話では、清い川や池に身投げをして水を汚したため、その報いで畜生界に堕ちて苦しむ、というような話がよく出てくるのに、この認識の違いは何だろうか。
死体から何から、全部ガンジス川に流して、そのすぐ隣で同じ水を使って食事の支度をしている。カレーを食べるのに右手を使い、左手はシモの始末、と決まっているらしいから、清浄と不浄の区別はある筈だが、死体は不浄にはならないのか?

道場の友達で日印混血の女性がいるが、ある日こんなことを言い出した。
「この前ね、多摩川の下流に子供連れて泳ぎに行ったのよ」
「ええっ、きったなーい!」
「汚くないよ、奇麗だったよ。ほんとに奇麗に澄んでて、魚が泳いでるの。すっごく、水がきれい」
「何の魚よ」
「なんか、ハゼとかドンコみたいな奴がいた。コイとかフナもいたし」
「それは水が汚れてる証拠だよ。その類いの魚はね、本来は沼の魚なの。奇麗な水には棲まないの。ヤマメとかイワナとか、渓流の魚ならいいけど」
「大丈夫だってば。ホントに奇麗だから、今度、一緒に泳ぎに行こうよ」
「やだよ。インドと比べたら、日本なんかどこだって水はきれいだよ」

さて旅行記はこれくらいにするが、あの〈硬水+石鹸=出来損ないの絹ごしドーフ状態〉は何とかならないもんだろうか。外国で生活される方はきっとお悩みのはずだ。
私は普段、合成洗剤追放運動を勝手に一人でくり広げているが、いくら良質のせっけんを使おうにも、あの硬水では、せっけんは悩みの種となる。甘く見ていた。

この件については、「シャボン玉せっけん」に投書したのだが、やはり、さしものガンコな純粋せっけんメーカーも、この問題には手を焼いているらしい。日本は一般的に軟水と思われているが、硬水の地域もあるので、先年、硬水を軟水に変換する装置を、メーカーと共同開発したようだ。ただし、一戸建専用しかないが、いちおう気にはしていらっしゃるらしい。

日本ではこの硬水の問題に悩むことが稀なので、あまり関心がないが、熱帯魚に趣味のある人は、きっと理解していただけると思う。
外国のアクアリストは、水が良くない為に、観賞魚の水にはことのほか気を使う。日本の金魚みたいに、陽に当ててハイポ投げ込んで終わり、というのとはワケが違う。
魚種とその採取地の水質に合わせて、こと細かに水質を”造る“のが常識だ。

コイ科の魚は弱酸性の軟水を好み、アフリカのシクリッド種はおおむね弱アルカリ性硬水。
PH6.3~6.8と限定されたのもあるし、重金属がほんの微量残っていたため、何十万円の鑑賞魚が、白い腹を見せてプカプカしていることもある。
そのため、さまざまの薬品が開発されていて、PH試薬、炭酸塩試薬、亜硝酸試薬、総硬度試薬、及び各調整薬etc、というアンバイ。但し、愛魚のためならお金に糸目をつけないマニアが対象なためか、かなり高価なのが欠点だ。

家に帰ったら、ちゃんと熱帯魚には餌をやってありました。面倒臭いから、何も言わなかったんだけど。
そして私はお大尽旅行者はやめて、また元の「ロッキングチェア・クライマー」に戻ったのであります。(読書界では、日がな一日揺り椅子に座って冒険山岳小説などを読み耽り、頭の中で大冒険をしている人を、こう言うのだそうです)

インドの風と水2/2